荒木栄の足跡をたどった映画「俺たちの歌」(共同映画)、わくわくしながら観に行きました。若い人たちには全く知られていないと思いますが、闘うものの歌、というと真っ先に荒木栄が浮かびます。今回映画上映に先立って「荒木栄作品を歌おう」という舞台がありましたが、どの曲も学生時代によく歌ったものばかりでした。その時代にはあまり作者を意識しないで歌っていたんだと思いますが、「あーこれも荒木栄だったんだ」と思いながら聴き歌いました。
沖縄の日本への復帰を支援する「沖縄を返せ」や「頑張ろう」は最もよく知られていると思いますが、結婚で遠くに行ってしまうコーラスの会員に贈った「星よお前は」、仲間の結婚に寄せた「花をおくろう」などに私は惹かれます。
「花をおくろう」はこんな歌詞で始まります。
「吹雪の夜を歩いてきた♪ ぬかるみを飛び越えてきた♪」
私は北海道で活動していた頃の情景が浮かび、色々な場面を思い出します。
この曲の作詞者森田ヤエ子さんは、雪国で暮らしたことがあるのでしょうか。
そして「わが母の歌」はやはりずしりと響きます。彼の最後の作品です。亡くなる2カ月前、仲間の還暦を祝って作ったといいますが、特定の友への歌というよりは、理不尽と闘う人間の魂の土台を謳いあげたような気がします。雑草(あらぐさ)は、共産党を象徴しているとの指摘もあります。
歌詞もメロディーも私たちが「かくありたいと願う姿」を謳いあげているような気がします。
1 雑草(あらぐさ)の実がうれて 土深く芽生える朝に *ああ わが母こそ太陽 たたかいを育てる太陽
2 雑草のたくましさ 踏まれても伸び広がって *(くりかえし)
3 雑草の花のすがしさ いちはやく迎える春を *(くりかえし)
4 雑草は私たち 闘いに深く根ざして *(くりかえし)
作品の中には、「この勝利ひびけとどろけ」という板付基地の拡張阻止を成功させたものもあります。闘いを励まし、勝利を喜び、そして人間性に根差した歌を友に贈る、など闘いの中で歌が生み出されることを実感します。
三井三池の闘いやメーデーの壮大な場面が映し出されますが、現在このような闘いは規模の点でも質の点(質が落ちているという意味ではなく、社会の条件や働く人の認識が大きく変わっていることを指しています)でも困難だと思います。この時代が生み出した作曲家だと思います。
荒木栄は、1924年福岡県大牟田市に生まれ、15歳で三池製作所に就職。徴兵を経て、1949年、25歳で作曲活動を始めます。1959年に始まった三井三池闘争の中で、労働者を励ます歌を作り続け、1962年38歳の生涯を終えました。(2026.7.11)

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