16日にお通夜、17日に告別式を終えました。優が9日夜に亡くなってから1週間、優の顔を日に何度も見ながら生活しました。これは優の夫Jのたっての希望でもありました。当初12~13日の日程も可能でしたが、Jは「それじゃ早過ぎる」といって17日に延ばしました。
結果的に、この数日は私達にいくらかの安らぎをもたらすものとなりました。当初振り絞るように泣き声を上げることもあったJが、告別式の2日位前から違う表情になっていきました。皆に心配されていた優の父親も「この1週間は意味があった」と。
お通夜は、本当に多くの方に偲んでいただきました。待合室はもちろんのこと、山門から人が溢れ道路も大変な状況だったそうです。アメリカから駆けつけてくれた友など国際色溢れていたのも優らしいところ。
私が様々な活動でお世話になっている方々も忙しい中、ありがとうございました。目が合うと思わず涙です。
底冷えの夜、焼香まで約1時間お待たせしたそうで、本当に申し訳ありませんでした。1回に6人でお焼香できるしつらえでしたが、急きょ9台に増やしてしのぎました。
法政大学応援団OBに法政大学校歌・エールをリードしていただき、皆で歌いました。これも優にふさわしい。
この日16日は金曜日。同じ頃、国会前の希望のエリアでは、紫野さんや二朗さんが優を偲びスピーチをしてくれていました。松平さんはスターダストの演奏で優を偲んでくれました。アー優と、希望のエリアにまた行きたい!
17日の告別式も晴れ渡った青空でした。お寺の黒ずんだお堂や木々の緑と冴えわたった空がきれいでした。この日も本当に多くの方が。私は皆さんが心を寄せてくれることが、どれだけ支えになるか実感しました。
お経の後のお別れ会。有香の弔事。学童から小・中・高・大学とずーっと一緒だったね。優のこと理解してくれて本当に支えてくれたね。友香の言葉で、私も一層優のこと理解できたような気がする。有香有難う。
優は花に埋もれて出棺しました。松平さんのトランペットに送られ、大好きな安室の曲に包まれ、法政大学のラクロス部だった仲間がユニホームを着てエール交換してくれて…本当に皆さんありがとう。涙が止まりません。
最後にJの喪主挨拶。「6年10か月の優との生活、100%満足しています」と。本当に優の主体性を尊重してくれました。「優に負けない充実した生活をしていきたい」とも。しっかりした挨拶でした。
昨日、我が家に一泊した優のお骨と遺影は、今日二人の住まい新百合ヶ丘へ家族で送ってきました。Jの決意の表れでもあります。
我が家の居間は分骨と小さな遺影とお花を除けばいつもの状態に戻りました。
明日からまた議会です。優またね。(2016.12.18)