君嶋ちか子

きみしま 千佳子
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神奈川県議会議員
活動日誌

平塚盲学校・平塚ろう学校を訪ねて |君嶋ちか子|神奈川県会議員

2020年11月18日

<平塚盲学校>

●1910年に私立中郡盲人学校として開校、1933年に神奈川県立盲唖学校となり、戦後1948年には神奈川県立平塚盲学校となりました。開校から110年という歴史ある学校です。県立の盲学校はここだけです。

3年制の幼稚部・小学部・中学部・高等部があり、高等部には、職業教育課程(中卒以上)、職業課程(高卒以上)もあります。

通学が大変な方には、寄宿舎も用意されています。

●小学校3年の教室を見せていただきました。3人でとても元気に授業を受けていました。活発なお子さんが、しきりに私たちに声をかけてきます。

教室の後ろには点字辞書が置いてあります。(写真手前の白い背表紙の国語辞典一冊分で、奥の黒表紙のボリュームになります。何冊か数え切れませんでした。)

●職業教育も充実しています。専攻科でマッサージの授業も見せていただきました。生徒さんがマッサージを受けながら、別の生徒さんが先生の傍らで学んでいました。

この職域が、圧迫されていることなども聞いていましたから、職場の確保が気がかりです。

●図書館には、1冊の本でも音声図書、拡大文字、点字が備えられています。ここの図書費が年間10数万円と聞き、目を剥きました。

以前県立高校の図書費が年館14万円台という少なさに驚き、委員会で取上げ、16万円台に引き上げられた経験があります。それでも少なすぎるのですが、盲学校も同じ額とは驚きました。普通高校より何倍もお金がかかることは明らかなのに!

●アイキッズルームを設け、見え方が心配なお子さんたちの相談や遊び・学びの場を設けています。幼稚園や保育園への出張相談もしています。

その他の教育相談も行い、地域のセンター的な役割を果たしています。

<平塚ろう学校>

●盲学校と道路を挟み近接しています。

1925年、中郡盲人学校内に私立中郡聾(ろう)学校として設立されました。1933年、県立盲唖学校となり、1948年には県立平塚ろう学校となります。

やはり乳幼児期から職業教育まで、一貫して行っています。聴覚障害教育ネットワークの中心的機能を持ち、幼稚園・学校等への出張相談も行い、地域での自立と社会参加の支援も行っています。

●聴力測定室、補聴器の測定、発音発語指導室などを見せていただきました。

幼児聴力測定室は、工夫が必要です。測定方法を説明して整然と行うことは無理ですから、幼児が注目しそうなぬいぐるみなどを数か所置いて、音源の移動させ、それに沿って関心が向けられるか否かで判断します。

●ろう学校を希望するお子さんは減っているそうです。早期発見・早期対応が進む中で、状態が改善されたり、普通学校での対応が可能となるケースが増えているのではないかという事でした。

●校舎で独特の配慮がされている事の一つは、衝突防止ミラーです。階段の踊り場などに設置されています。

パトライトといわれる非常配信システムもあります。非常を知らせる文字が映し出されます。また通常のチャイムに代わりランプが点滅します。青が就業、黄が予鈴、赤が緊急という事です。

また教室の机の配置も、馬蹄形になっています。表情・手話を全ての人が見ることができる配置を求めた結果です。

●専攻科教育課程も充実しています。総合生活デザイン科には、テクニカル系とアパレル系があり、情報応用ビジネス科、理容・美容科もあります。

就職は製造業が多いようです。

●校舎がとても素敵でした。表情などを読み取り易いように明るさを意識して作られています。

またコミュニケーション障害などのストレスを軽減するために、木を多用しています。床の感触が全然違います。教室の入り口ドアも教室とは思えない雰囲気を醸し出し、階段の手すりも素敵でした。

毎日少なくない時間を過ごす校舎が、あたたかな雰囲気を保ち、快適であれば、子どもたちのストレス度はずいぶん違ってくるだろうと思いました。校舎に限らずどこの建物も、ここの学校のような配慮があればなあと強く思いました。私たちは、味気ない建物に慣らされすぎたと思いました。

●この後、保土ヶ谷養護学校の舞岡分教室にも伺いましたが、その報告は、その2で。(2020.11.12)

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