●議員でなくなったので、参加する(できる?)賀詞交歓会や旗開きも随分少なくなりました。行政関係・商店街関係・町内会関係の諸行事がなくなりますので。
そんな中で川崎労連と神奈川労連の旗開きが続きました。
コロナで開催しなかった時期を経ているので、久しぶりの機会となりました。懐かしい方にもお会いできてホッとした気持ちになりました。労働組合は、ホーム感があるなあと思います。
●私が衆議院選挙神奈川18区の予定候補者となっていることについて、ねぎらいや励ましの言葉を多くいただきました。「大変ね」「いや、大変というより楽しみつつ元気にやってますよ」などの会話が度々。
挨拶などでは、能登半島地震が皆さんの口から必ず語られ、救援の遅れや冷たい雪の下で過ごす避難生活への祈りのようなものを感じます。
●神奈川労連の旗開きには、JAL被解雇者労働組合(JHU)の方も参加していました。
挨拶では、乗客に避難を促すアナウンスが緊迫感を持って語られました。「Hurry up!」の声が響きました。2010年に突然職場を追われてから14年目を迎えての彼女たちの声。
乗客の命を守るという使命を、職場を奪われてからも一日も忘れたことはないんだろうなと、私は胸が熱くなりました。
このアナウンスの後に彼女たちは、「あの空に帰ろう」を謳いました。
「たくさんの命と 暮らしを運んだ 私の誇りをわかってくれる あの空へ帰ろう♪」「どんなに差別を 繰り返されても 私は フライト愛し続ける あの空へ帰ろう みんなで帰ろう♪」
仕事に誇りと愛情を持ち、安全な飛行のためにモノを言う、こういう人たちから職場を奪うことが、どれほどの損失を生み出している事かと、いつも思います。
2日に起きた航空機事故に際し、私が航空管制官の削減と羽田空港の過密が思い浮かんだということは度々書いていますが、この二つの問題とともに、航空機の体制確保も大きな課題だと知らされました。
●今回の事故に際しての「JAL被解雇者労働組合の見解書」では、次の3点を指摘しています。
① ドアの数以上に乗務員を配置すること。
避難の誘導と補助に不可欠ですが、現在はドア数に満たない配置による飛行もあります。
② 客室乗務員は、パイロットや整備士と同様に航空法上の航空従事者と位置付けること。
サービスだけではなく、命を守ることが乗務員の必須の任務ですから。
③ 労働者が安心して働ける職場、自由にモノが言える職場でなければ安全な航行は成り立たない。
この点はとても大事です。彼女たちが闘い続ける理由は、ここにもあります。問題点や危険を一番早く察知するのは、現場の労働者です。労働者が自由にモノを言えなければ、命や正義を守ることはできません。
自然災害の過酷さとはまた別に、人為で可能なことが危機にさらされているのが現状です。まさに「救える命を失わせない」ために、人間が最善を尽くしたいと思います。(2024.1.13)