●「マルモイ」という韓国映画を、日曜の夜観に行きました。
マルモイとは、「ことばあつめ」という意味です。1940年代の京城(日本統治時代のソウルの呼び名)が舞台。日本が朝鮮半島で、あろうことか韓国語を禁止し、日本語と日本名を強制していた時代。
マルモイは、「辞典」の意味もありますが、さらに、日本の監視を逃れながら朝鮮語学会が、辞典をつくるために全国の言葉を集めた秘密作戦の名称でもあるそうです。
この映画はこれらの事実を基に創られています。
●「タクシー運転手~約束は海を超えて~」や「1987、ある闘いの真実」で人間の魂を見せてくれたユ・へジンがさらにパワーアップしています。
調子がいい非識字者から、人間の誇りを守るために命をかける人物にまで変貌していくさまを演じます。でも悲壮感ではなく、全体にテンポのいい笑いをうみだし、そのふるまいは度々寅さんを彷彿とさせました。
●初めて見たユン・ゲサンは、朝鮮語学会代表を演じます。
エリ-ト風のたたずまいが、だんだん変化していきます。民族の言葉を守る情熱は変わりませんが、仲間の受け入れ方が変わってきます。特にユ・へジンが演ずるパンスの子どもと接する時の表情の優しさが何ともいえず素敵でした。
また、最後のシーン、パンスが辞典を守り命を落とした数年後、この朝鮮語学会代表が数人の子どもたちとサッカーに興じる姿も実に素敵でした。あ、人間ならこのような顔で過ごせたらな、と思いました。
●創氏改名等を朝鮮半島に強制した日本の酷さは知っていましたが、その裏で、韓国語を守るために、このような「ことばあつめ」が命がけで行われていたことは、知りませんでした。
その後も脈々と流れる朝鮮民族の熱く粘り強い闘いは、こんな形で営まれていたんだと思いました。
●思えば、名前と言葉という自己を成り立たせる基本的な要素を、正面から奪おうとした日本統治の残忍さを思い知らされます。よくもこんなひどい仕打ちを、と思います。
この映画を観ながら、孫基禎(ソンキジョン)が思い浮かびました。
1936年のベルリンオリンピックで日本代表としてマラソンで金メダルを獲得した人ですが、表彰台で、君が代の演奏にはうつむき、胸の日の丸は月桂樹で隠したといわれます。どんなに屈辱感を味わったことかと思います。
大国的野望が、どれ程人間を踏みにじるかを示して余りあります。
●韓国は映画産業への補助が充実していると聞いたことがありますが、意欲的な作品が次々と生み出されています。今後も楽しくかつ人間性を鼓舞する映画が続くことでしょう。
映画館はコロナが広がってから初めてでしたが、両脇、前後の席を使用禁止にしていました。映画館運営の困難も思いやられます。 (2020.7.12)