君嶋ちか子

きみしま 千佳子
戦争する国づくりストップを!
市民とともに 県政を動かす!
神奈川県議会議員
未分類 活動日誌

優に思い届けたい

2017年1月29日

書こうかどうか迷いました。娘のことばかりも…ねと思い、素通りするつもりでいましたが、やはり記したくて。

●21日は娘の四十九日日法要の日でした。アーもう49日も経ったなんて…。
法要の後、娘はO家の立派なお墓に入りました。夫Jのおじいちゃん、おばあちゃんと一緒です。「一人じゃなくてよかったね」と思いながらも「こんなに世代飛び越えて早々と」と泣き、墓石が閉じられようとすると優の見納めのような気がして、また泣きました。

素敵な庭が広がるお寺でした。息子が「写真撮ろうよ」と言いだし、残された家族4人で撮りました。お墓で大泣きした後でしたが、不思議に皆が笑っていました。空が抜けるように青く広がっていました。IMG_0433

●会席も心あたたまるものでした。O家と君嶋家の親族で優の思い出などを語りました。夫のJは固(もと)より、お父さんお母さん初め心優しい人たちに囲まれて、幸せだったね。
君嶋家側、私の兄弟家族や夫の姉家族も思いやりにあふれ、これで優がいればいうことなしなのにね、と私は思っていました。

思い出は限りなくありますが、私は、この場ではとにかくお礼とお詫びを言いたかったのです。
夫のJに対しては、優を愛し支え、優の人生を尊重してくれてありがとうと、Jのご両親には優を実の娘のように可愛がっていただいたお礼を言いました。
同時に、そんな夫にこの上ない苦しみを経験をさせ、ご両親には最愛の息子の悲しみを目の当たりにさせたこと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

●この申し訳ない気持ちは、優に対しても拭えません。忙しい母は、付き合えないこともたくさんあり、特に議員になってからは、優の状態に寄り添えないことも少なからずあったに違いありません。
優は当選をあんなにも喜び期待もしてくれたのだから、活動を優先させても許して貰えると、私は勝手に思っていました。もう子供の頃とは違うのだから、という思いもありました。
でもこんな事になってみると、32歳ではあっても、抱きしめたい我が子です。短い人生、なぜもっと優しい言葉をかけなかったんだろう、思いだけでなくもっともっと話を聞いて寄り添いたかった、等の気持ちが襲いかかってきます。
毎日毎日優に謝っています。また、私達が優を愛していること、優に届いていたかな、と幾度となくつぶやいています。IMG_0283

優の親友Yが「おばちゃん、『ごめんね』はもう十分優ちゃんに届いているよ」といわれ、少し気が楽になったりもしましたが、気持ちは行きつ戻りつです。
Yや同僚の木佐木議員が言ってくれました。「ごめんね」ではなく「ありがとう」がふさわしいと。でも至らない母は、まだそれができないでいます。

こんな私でありながら、優の夫Jには、一日も早く切り替えて次の一歩を、と心から願っています。(2017.1.21)

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