君嶋ちか子

きみしま 千佳子
戦争する国づくりストップを!
市民とともに 県政を動かす!
神奈川県議会議員
活動日誌

命日につどう

2016年2月25日

北大生宮澤弘幸は、1941年スパイ容疑で特高に検挙され、1945年GHQの超法規処置により出獄。過酷な拷問と入獄中に患った肺結核がもとで、1947年死去。

この冤罪事件は、長い間世に問われることなく過ぎ、1987年、上田誠吉弁護士による「ある北大生の受難―国家秘密法の爪痕」で世に知られるところとなりました。

さらに時を経て2012年に、実妹の秋間美江子さんが北大に名誉回復を求めます。

「北大生宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」が結成されたのは2013年。安倍政権下の情勢に対する危機感も反映していました。

「宮澤・レーン事件を忘れない 北大OB・OGのつどい 戦争法・秘密保護法の廃止を」が、彼の命日である2月22日に開かれました。

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1946年入学の梁田政方さん(イールズ闘争で退学処分、『三鷹事件の真実に迫る』等の著者)を初め、1972年入学の年代までが集いました。

それぞれの時代に北大の民主化闘争などを担った人々です。

ある参加者から、松浦一先生(当時、理学部長・学長代理)がよく語っていた言葉として「大学の使命は平和を守り、真理の探究をすること。これを侵すものとは断固として闘わなければならない」とのフレーズが紹介されました。

下村文科相が国立大学に要請している、日の丸掲揚と君が代斉唱のことがすぐさま思い浮かびました。そしてそれに抗し、大学愛唱歌「我等多望の春にして」を歌うことを表明した岐阜大学学長の顔も浮かびました。

やはり、安倍政権下で進行していることは、「スパイ事件」が過去のものではないことを実感させます。

卒業から数十年を経た参加者(多くは先輩)、実に多彩に各分野で粘り強い活動を繰り広げていました。学生時代と変わらないであろう志と意気が、うれしかったです。(2016.2.22)

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