●12年近く続けてきた街角宣伝、いよいよ交代の時期が来ました。
来年4月の地方選挙を控え、多くの方から「がんばれ」と声援を頂き、私自身もやりたいことも意欲も多くあります。でも来年4月の選挙時77歳という事実は、選挙においては大きな要素です。
という訳で、前回の選挙以来、バトンを渡せる方を探ってきました。そしてこのたびおおば裕子さんがそのバトンを受け取ってくれました。大庭さんは川崎市議を4期16年務めた方です。
7月の街角宣伝では、交代の挨拶をしつつ、おおば裕子さんを紹介しました。今回は中原区西地域、新城の北口商店街はってん会から始まり、今井のサライ通商店街まで6か所で行いました。
●思えばこの宣伝はいくつもの出会いがありました。何度か記していますが最初の頃、武蔵新城のクリシマ近くの出会いが忘れられません。
宣伝を終え車に乗った時、怒ったようにドアをバンバンとたたく男性がいました。「何を文句言われるかな」とドアを開けたところ、「アベラ―をやめさせてくれ」と真剣な顔で。「あいつは独裁者だから、共産党絶対勝てよ!」と。「アベラ―」とは当時の安倍首相のファシスト張りの政治姿勢をヒトラーになぞらえたこの方の造語でした。
この時期の安倍首相の酷さ、それに対する国民の怒りを象徴していた出会いでした。
●最近では、高校生とのうれしい出会いがありました。しかも2回。
2月、私が法政通り商店街で「戦争は美しいことでも勇気ある事でもない。日本が戦争できる国になっても誰も幸せにならない」と訴えていたら、2人の高校生が近づいてきて、マイクを握る私の隣でプラスターを持つUさんに「俺、これ持ちます」と言って私達と並んで立ってくれました。
「戦争は絶対にダメ」「俺は絶対に戦争には行きたくない」と何度も言っていました。
6月30日の街角宣伝では、やはり男子高校生二人が「行くか」と言いながら近づいてきてプラスターに手を差し出しました。そしてそれを掲げながら、踊るように「戦争反対」のコールまで始めました。
これらを通して、若者は自らの命の問題としてこの間の高市政権の動きを見ていることをひしひしと感じました。戦争をあおる人達は、たぶん自分の命の問題とは考えていない、でも若者は他人ごとでは済まないのです。
●これらに象徴される様々な出会いと交流、私が候補者として議員として、街角で訴えてきたから出会える場面でした。議員の立場だから、知らない方からも思いを託されました。このような場面から去るのはとても残念。そして寂しいなあと改めて思いました。
でも人間の役割は、何時かは引き継がなければなりません。4年間不在だった中原区の共産党県会議員を、再び誕生させるために全力を挙げたいと思います。(2026.7.21




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