●映画「武器なき闘い」の上映実行委員をやっていますが、本番9月26~27日(かわさきゆめホール)の上映に先立ってプレ学習会を行いました。
この映画は戦前労農党の国会議員として、帝国議会においてただ一人反戦平和を貫き、1929年に右翼の凶刃に倒れた山本宣治(山宣)を描いた作品です。
●パート1は、「『武器なき闘い』の背景といま」と題する楜沢健さんの講演。
明治維新は「民衆の性と生活の乗っ取り」であったとする導入部分。
「江戸時代は性も生活ももっとおおらかであった」と。明治政府の作り替えによって、近代日本は、軍事的・封建的な資本主義として発達してきた。
この社会においては「子は家のものであり国のもの」であった。それは兵隊を生み出すものとして軍隊と密接に結びついていた。だから堕胎罪が存在し、国民が自らの意志で妊娠を中断することなど許されなかった。
山宣はこの時代にあって、性の自己決定権を主張し、同時に生活防衛の観点から産児制限にも言及し、実際に啓もう活動を旺盛に展開していた。優生思想ともたたかった。だから時の権力にとっては危険思想の持ち主として忌避された。
●この側面を、私は今まであまり認識していませんでした。彼は治安維持法改悪に反対し、国会で堂々と論陣を張る民主的な人間であったが故に、権力から憎悪されたという理解でした。彼が性教育の先駆者であり、産児制限などを労働者に説いていたことは知っていましたが、このことが暗殺の背景にあるとは意識していませんでした。
でも確かにこの側面は、「日本帝国主義」をつき崩す思想だったと思います。
●パート2は、この映画の配給をしているNKAプロモートの児玉俊明さんの「武器なき闘いの見どころ」。
映画は1960年、安保闘争の高揚の中で生まれた。大阪総評の青年部長が山本薩男監督に映画化を訴え、製作費は労働組合のカンパで賄われた。末川博立命館大学総長をはじめ2千数百人が発起人として名を連ねていた。
出演俳優は、民芸(宇野重吉・下元勉・細川ちか子など9名)、俳優座(東野英治郎・渡辺美佐子・小沢昭一など15名)、文学座(宮口精二)、前進座(河原崎長一郎)など新劇人総出の感あり、戦前自らも弾圧を受けた人も多かったと。
●山宣の議会質問も紹介してくれましたが、これも感動モノでした。「行政警察の弾圧に抗して質問」「労働者災害扶助法案に対する質問」「拷問不法監禁に対する質問」「学生運動取締に関する質問」等々、小作争議や労働争議支援に奔走した山宣の面目躍如といったところ。
治安維持法の改悪(死刑を含む刑罰の強化)にも反対し、改悪を急ぐ政府が緊急勅令として改正公布した事後承認審議でも真っ向から反対。その故に殺され、41歳の生涯を終えました。
この暗黒時代にあって人間の真実を貫いた山宣に限りない敬意を抱くとともに、1960年当時のこの映画をつくり出した人々のエネルギーにも心からの拍手を送ります。戦後81年を迎えた私たちの現在も問われています。(2026.7.4)



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