【ベトナム報告⑧】
●今回、44年前に訪問して以降、1986年実施のドイモイ政策の下で、ベトナムはどうなっているか、というのが一番の関心事でした。市場経済を通じた社会主義はどの様に進んでいくのかと。
●その点では、「途上にある」としか言いようがないと思いました。
現在、生産力の発展が、ベトナムには求められていると思います。 一方で生産力の発展だけで人が幸せになるかといえば、そうではないことは日本を見れば明らかです。
格差がなく、その生産力に見合う生活を皆が享受できているか、教育や医療など人生の基本的な場面がどれだけ支えられているかが問題です。
格差をリアルに見聞した訳ではないのですが、統計上は格差が存在しています。
教育は6〜11歳は無償、中学校の無償化も近いうちに実現の予定。
医療の無償化は未だ、という状況です。
戦争被害者、例えば枯葉剤の被害で就労不可の人の生活保障も、それだけでは生活できず、親族の補助を必要としているとの事でした。
国有企業は存在していますが、社会主義の萌芽やあるいは具体的な担保がどれだけ機能しているかは、短い滞在では把握不可能なことが多く、今後の興味深い課題として残りました。
●フランスの支配、アメリカとの戦争、続くカンボジア・中国との戦争、さらに今も続く戦争被害、経済力以前の問題を常に抱えてきた社会です。容易に理想的な社会に到達するはずはありません。
例えばアメリカとの戦いによる死者約300万人、枯葉剤の被害者約450万人。
ベトナム戦争でアメリカは、第二次世界大戦時、世界で使用された爆弾の約4倍に当たる800万トンを投下。ベトナムがどれだけ苛烈に焼き尽くされたかわかろうというものです。
これに対し、アメリカの補償・賠償はゼロ。
●大きく振り返ると、ベトナムの「足らざる」をあげつらうのではなく、世界史に例を見ない大国との戦争を勝ち抜き、社会主義の下で、世界で初めて市場経済を取り入れたその「粘り強い闘い」「先進的役割」に着目すべきだと思いました。
●ベトナム戦争が示した「人民の力」は、自由と独立を掲げた「希望の象徴」だと思います。
今回、「希望の象徴」が、どれだけ過酷な状況下で形づくられていたかを辿ることができました。(それは現在のウクライナ戦争とも常にダブり、戦争の悲惨を尽きる事なく訴え続けています)
でも、ベトナムは戦争被害者だけにとどまらない、「巨大な象」を倒す存在でもありました。
その力は、リーダーの存在だけではなく一人一人から発揮されている事を、今回の旅からも感じ取る事ができました。
「指揮」を待っている人たちではないことを、戦争の記録からも現在の暮らしからも感じ取ることができました。これは「日本の戦争・日本の軍隊」との大きな違いだと思います。
これらの力が、今後の社会建設にも生かされることを期待しています。
発達した資本主義を経た日本とは条件が違いますが、ベトナムでの社会主義における実験的体験の成功とともに、日本社会の変革も、ともに競いたいものです。
いずれも時間がかかる事はいうまで見ありません。
●今回ベトナム報告を通じて、ベトナムを愛する人、度々訪問している人が多いことを知りました。色んな意味で近い国なのでしょうか。
改めて認識することが多かった旅の報告はここまでとしますが、今後の宿題の追求も楽しみです。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。(2023.8.21)