●二週遅れぐらいのブログを書き続けている状態の中で、1月14~21日まで入院しました。ですから1カ月近くもブログはお休みとなりました。後追いでも書き残したいタイプの人間ですが、この期間はついに諦めることとし、退院の日から再スタートさせることにしました。
●この入院は、硬膜下血腫の除去手術のためでした。
*12月中旬、ある会館の階段を降りる際、靴のかかとが階段の端を示す表示に引っ掛かり、あわや階段4段分顔面制動という事態に。本能的に頭を引いたらしく階段手摺の策に強くぶつけました。跳ね返ったのか隣の策にもぶつかり2度の衝撃がありましたが、その場はそれほど痛くもなく終わりました。
*「あれ?」と思ったのは12月23日、歩いている時に一瞬でしたが浮遊するような感じで足元が不確かに。
*1月1日、歩行の際、足が地面を蹴るのではなく引きずるような感じになりました。
*13日、地域訪問の際の自転車も不安定になりました。乗る時のバランスが取りづらく、同行の方が「自転車も歩行も頼りなげだった」と後から語っていました。体も左に傾いていたそうです。
*13日の夜はOさんと会う予定があり、会ったとたんに「君嶋さんその歩き方はどうしたの?」と驚かれました。これまでの経過を話すとOさんは早速AI診断を。「硬膜下血腫の疑いあり。至急脳神経外科の診察を受けるべし」との回答。
この日の帰り道は歩行も一層不安定になり、停止がなかなかできず柵や柱につかまってようやく止まる状態でした。
*翌14日、朝からN病院へ。診断の結果直ぐ手術をすることとなり入院。
●19時から始まった手術自体は、私はすぐさま眠りに落ちて一切を知りません。気が付いたのは15日朝3時。
手術は順調に進んだ由。でも頭には血腫を取り除いた仕上げでドレーンがついていましたし、上体を起こすことは禁止。不自由な時間ではありました。でもこの日の夜にはドレーンを抜き、そのあとはホッチキス止め。
この後は、CT撮影や血液検査、作業療法士や理学療法士の作業や歩行チェックなどを経て、退院となりました。
写真を見せられましたが、左にできた約150mLの血腫により脳が圧迫され右に押されているのが分かりました。退院前日の写真では、脳はほぼ正常な位置に戻っていましたが、幾つかの異常な場面がこの血腫のせいだとわかり、思い返し改めてゾッとしました。
●普段縁がない病院に1週間いて、いくつかの感想を持ちました。
*食事がおいしかったこと。メニューも工夫され、味自体も丁寧に作っていることが分かりました。「おいしく食べてもらいたい」という栄養士さんと調理の方の気持ちが感じられてうれしくなりました。もちろん毎回完食。
*病院を造り維持するにはお金がかかることを改めて実感。次々と進歩する医療機器に多額のお金がかかることは言うまでもありませんが、設備一つとっても他の施設にはない安全対策などが求められています。あらゆるところに設置されている手すりは常識なのでしょうが、例えば各所に設けられている呼び出しボタン、共用トイレでは座った時に、後ろによりかかれるマットまで設置されています。シャワー室から上がって使用する足ふきマットは使い捨てなのですが、裏にはしっかり滑り止めの加工等々、世間知らずの私はいちいち感心。
*病院には多くのサービスが求められます。多様な医学関係専門家は言うに及ばず、清掃の方、リネン交換の方等々、驚いたのは(失礼)どなたも明るく爽やかなことでした!
看護師さんは、あくまでも優しく、これも失礼ながら驚きでした。
病室には症状がきつく泣きながら看護を受けている方もいましたが、皆さん根気よく寄り添っていました。私が動けない時期に気兼ねしながら看護師さんを呼ぶと、終わった時には「また呼んでくださいね」と。医師も外来や手術を終えてから病棟に来て、簡単な処置や患者のフォローをしている姿が度々ありました。
疲弊する医療機関の例をたくさん聞いてきましたが、ここでは、接する範囲ではその影を感じることがありませんでした。私は病院運営の実態を聞きたい思いに駆られましたが、そこはなかなか難しく…。
*ここからいきなり飛躍しますが、若者感にも変化が。
看護師さんは私の接する範囲では若い方ばかり、おしゃれもしっかりと。そして丁寧に仕事をしています。高校生の時には頼りなげな人を少なからず見ましたが、みんなこうやってしっかり育っていくんだと、感動。
●という具合にまあ、いろんな発見があった1週間でした。
そして、「体力を過信せずに年相応に注意しろ」と多くの方からご心配や忠告を頂き、少し不満ながら、今回の事実を前に頷かざるを得ない私でした。
いい経験でしたね。(2026.1.21)



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