●中原区には産科医として知られる野末悦子さん(私は職業名として「先生」と言える教師以外、どうしても「先生」と言えず、あえて「さん」と言わせていただく次第)がいらっしゃいます。
「米寿を祝う会」が18日開かれました。本当は昨年なのですが、コロナ禍で会を開催できず、今年辛うじての開催となりました。
●野末さんは、川崎協同病院副院長を終えて、1997年中原区宮内にコスモス女性クリニックを開業しました。医師(65歳)・看護師(65歳)・事務(62歳)というトリオは、多くの女性を元気づけました。
全国のファンから、熱い期待も寄せられました。1998年2月13日付の日本経済新聞にも記事が掲載され、「医療機器が大きな顔をしていない人間味あふれる診察室」をめざした野末さんの思いや優しい診察室の様子を紹介しています。「三人の元気な笑い顔の写真も掲載して。
●全国の応援団「コスモス友の会」ができ、年4回発行の「コスモスレター」が皆さんを結んできました。
コスモスレターを合本した「コスモス女性クリニック15年の歩み」には、皆さんの笑顔があふれ、たくさんの女性の思いがキラキラと輝いています。「生涯にわたって女性のサポーターでありたい」と願ってきた野末さんの気持ちが、まさに結実していると思います。
2013年には閉院となりますが、野末さんはその後、川崎医療生活協同組合の介護老人施設・樹の丘施設長及び診療所医師としてお仕事されました。「どこまでも元気な野末さん」は不滅です。
●医師としてだけではなく、私たちの運動においても常にともに歩んで頂きました。野末さんというお名前があるだけで、どれだけ安心感があったかわかりません。常に笑顔にあふれ、車の運転が大好きで、しかも運転しながら、めちゃくちゃしゃべります!
こういう偉大な方が、すぐ身近にいらしたことは、私たちの「自慢」でも「誇り」でもありました。
●会に参加し、「戦友」ともいえる皆さんの言葉を聞きながら、このお仲間は幸せな時代を築いたなあとしみじみ思いました。私は生まれるのが少し遅かったと思ったほど。
私は60歳の定年まで職場を中心にし、活動も労働組合を主としていましたから、地域での関わりは限られていました。
2年前、市古てるみさんの32年の議員生活に感謝する集いの時も、同時代を女性の率直な思いで走り抜けた仲間たちが眩しいなと思ったものでした。
健康であること、人間を愛すること、思いや理想を掲げ続けること、これらの大切さを改めて教えて頂いたつどいでした。野末さん、いつまでもお元気で! (2021.12.18)